1980年に来日し、日本中を席巻したステップスが残したものは何だったのか。 |
ひろ子: |
博士から聞いたステップスのCD、ようやく手に入れました。 |
五反田: |
ひろ子くんが買ったのはこんなジャケットだったかな?

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ひろ子: |
そうです、そうです。 |
五反田: |
実はこれは別テイクや未発表曲などを加えた、再発もので、オリジナルはLPでこんなジャケットで発売されたんじゃ。

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ひろ子: |
ステップスについてもう少し教えてください。さっきのCDには1979年の12月15,16日に六本木ピット・インの演奏と書いてありましたが... |
五反田: |
実はそれは1980年の間違いなんじゃ。
ステップスというバンドはマイク・マイニエリを中心に、当時のフュージョン界のスターが「アコスティックなズージャもやってみたいね」ということで仲間同士のセッションのような形で始まったんじゃ。だから必ずしもメンバーは固定されていたとは言い難い。
そのセッションをたまたま見た日本人のプロデューサが「日本に来てライブとレコーディングをしないか?」と誘ったんじゃ。
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ひろ子: |
メンバーについて教えてください。 |
五反田: |
リーダーは一応、ビブラフォンのマイク・マイニエリで、テナー・サックスのマイケル・ブレッカー、ピアノのドン・グロルニック、ベースはエディ・ゴメス、ドラムスのスティーブ・ガッドじゃ。何曲かにギターの渡辺 香津美さんがゲストで参加した。アルバムにも1曲、収録されておる。 |
ひろ子: |
ところで、ステップスから何を学ぶんでしょうか? |
五反田: |
それじゃあ、実際に曲を見てみよう。オリジナル盤でも再発盤でも1曲目だった「Tee Bag」じゃ。 |
ひろ子: |
マイク・マイニエリ作曲のナンバーですね。
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五反田: |
昔、この曲を演奏するときは「飯島 愛!」とか言ってたな。「Tバック」なんちゃって.... |
ひろ子: |
さぶ〜。
リハーサル・マークAのクールなサウンドとBやDのホットなパートのコントラストが印象的ですね。でも、ちょっと気になったんですが、4ビートの感じが堅いというのか、カチカチしてると言ったらいいのか、とにかく違和感があるんですが....
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五反田: |
その感想は当時の主流的な評価であったし、実際、わしもそう思った。某ジャズ雑誌などは「あんなのは4ビートじゃない!」と言い放って、ステップス批判をしておった。特にこの曲は「クールさ」を演出するためにわざとやってるようなところもあるのじゃがね。 |
ひろ子: |
どうしてそう感じるんでしょう? |
五反田: |
大きな要因はドラムスのシンバルレガートにある。伝統的な4ビートではこんな風に叩くと言われておるよね。

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ひろ子: |
いわゆる「チーン・チキ、チーン・チキ」というやつですね。 |
五反田: |
もちろん、譜面では便宜上、8分音符を3連の1個目と3個目と記しているが、第2部第7話で説明したように、実際にはより均等な普通の8分音符に近いものであることは言うまでもない。
しかし、そもそも「チーン・チキ、チーン・チキ」というのは本当だろうか。むしろ
とか

のように叩くのが普通じゃな。それをガッドは次のように4分音符で叩いたんだから、随分異なるサウンドになるのは当然じゃ。

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ひろ子: |
でも、何故わざわざそんなシンバル・レガートを叩く必要があるんでしょうか? |
五反田: |
一般的に言えば「リズムの自由度を広げるため」と言える。伝統的な4ビートではどうしてもその独特なテイストというかスイング感が全面に出てしまい、リズム的なバリエーションが限られていたんじゃ。
片やロックやラテンなどを初めとして8ビート、16ビートの音楽が主流になっていく中で、いつまでも「チーンチキ、チーンチキ」で済む時代ではなくなったということ。
いちばん卑近な例で言えば、ドラマーの「おかず」のバリエーションが増えたと言える。サンバや16ビートの曲でしか使えなかった「おかず」が4ビートの曲でも違和感なく使えるようになったんじゃ。そのメリットが昔ながらの「4ビートらしさ」を犠牲にしてあまりあると判断したのじゃろう。
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ひろ子: |
フュージョンで使ったフレイズを4ビートの曲にも使える、ということですよね。 |
五反田: |
その逆もアリなんじゃ。4ビートならではのフレーズなども8ビート、16ビートの曲に応用できる。そしてそれらをまた4ビートに応用する。こういったフィードバックの連続がリズム面で可能になったというわけじゃ。 |
ひろ子: |
それはドラムに限らず、あらゆる楽器でも「より均等な8分音符」を目指す動きとなって、試みられていったわけですね。
そうか、それが「新しい4ビート」なんだ! もう完全無欠の4ビート誕生ですね!
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五反田: |
いやいや、そうともいかんのじゃ。この新しい4ビートはスリリングさをウリにしているため、ある程度のスピードが必要なんじゃ。伝統的な4ビートが得意とする、ゆったり目のテンポではどうしても間が持てなかったり、違和感が残ってしまうんじゃ。
このアルバムには四分音符=120くらいの「小粋にスィング」みたいな曲がないじゃろう。そのくらいのテンポでの「新しい4ビート」はショボイのじゃ。ジム・ホールの「アランフェス協奏曲」やマイニエリも参加した「Big Blues」を聴いてみるといい。ガッドの4ビートが笑っちゃうくらい浮いておる。
「Tee Bag」はこのアルバムの中では比較的遅めのテンポ(四分音符=140)なんじゃが、このテンポでは「新しい4ビート」のスリリングさやスピード感がいまいち生きずに、ショボさが顔を覗かせたのかもしれん。ひろ子くんがこのスイング感に違和感を感じたのはそんな理由じゃなかろうか。そういう意味でもこの「Tee Bag」はこの4ビートの良い面も悪い面もわかりやすく提示してくれていると言えるだろう。
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ひろ子: |
なるほど。今一度、4ビートについて考えさせられますね。でも博士、私がもっと疑問だったのは、この曲、1コーラスはどこからどこまでなんですか? |
五反田: |
まず、テーマの構成を見てみよう。4ビートのA、ペダルのB、4ビートのC、再びペダルのD、締めとも言える4ビートのEという構成じゃ。
アドリブはA−B−Cと普通に続いて、Cの最後2小節、テーマではC7、アドリブではCm7 - F7を延々と続けて、アイコンタクトののち、Dをアンサンブルしてソロ交代という構成になっておる。

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ひろ子: |
曲の途中を繰り返す感じなんですね。それじゃあ、1コーラスなんていう感覚じゃないんですね。それにしても、Dのメロディが盛り上がったソロを丸く収める、いい仕事をしてます! |
五反田: |
マイニエリはこの手の構成が好きで、「I'm Sorry」という曲も同じような作りになっておる。
必ずしもテーマと同じコード進行でソロを取ることが全てではない、ということを教えてくれる、1曲だ。
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ひろ子: |
え? そうなんですか? 随分、昔の話になりますが、「第1部第1話」で「テーマのコード進行でアドリブするのが基本じゃ」とおっしゃってたはずですが。。。。 |
五反田: |
だから、基本はそうだと言ったんじゃ。ジャズの場合、「曲はあくまでもアドリブのための素材に過ぎない」という考え方が古くからあって、テーマは単なる「添え物」として扱われることが多かったように思う。
でも考えてみれば、テーマと同じコード進行でずーと繰り返すというのは音楽として随分と単純過ぎやしないか? クラシックみたいに第一主題があって第二主題があって、変奏部分があって。。。なんて必要はないが、テーマはテーマのメロディ、ソロはソロのコード進行があって、時にはソロだって全員同じコード進行じゃなくてもいいかもしれない。
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ひろ子: |
確かに音楽としての完成度を考えればそうかも知れないですね。ちなみに「あとテーマ」はA−B−C−Dまでやって、そこで終わりでした。 |
五反田: |
まだまだ、話したいことはあるが、先に進めよう。オリジナルではB面の1曲目、再発CDでは3曲目の「Fawlty Tenors」。 |
ひろ子: |
こんな曲でしたね。Dmブルースなんですよね。
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五反田: |
16ビートだから印象としては24小節、つまり尺が倍のブルースに聞こえるな。 |
ひろ子: |
Dmが続くところでこんなフレーズをやってました。
「第3部第4話」で紹介してもらった、ドミナント・フレーズの応用ですね。コードはずっとDm7なんですが、フレーズはドミナントのA7と行ったり来たりしています。このフレーズ覚えとこっ!
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五反田: |
2段目は本来、Gm7であるところを代理コードとしてBb7を使っておる。 |
ひろ子: |
「第3部第4話」でメジャー・ブルースの2段目で#11(シャープ11th)の使い方を教わりましたが、Gm7をBb7に変えることによってマイナー・ブルースに使えるようにしたわけですね。
#11を強調したフレーズとしてこんなのをやってました。
テンションとしてはミ=#11th、ド=9th、ラb=7th、ソ=13thですね。
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五反田: |
Abmaj7+5のアルペジオであると言えるかな。

分数コードで書けば とも書けるじゃろう。

いずれにしてもBb7のテンションであるわけじゃ。
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ひろ子: |
ということはFブルースでもこのフレーズは使えますね。よしよし。(^_^)v |
五反田: |
同じ音使いでテナー・ソロにもこんなのがあったぞ。
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ひろ子: |
ん〜、シビレる〜。「切ない系」のフレーズですね。
3段目のEb7 - Db7がDに解決するII-Vの役割をしていますね。ピアノがこんなフレーズをやってました。
テナー・ソロではこんなフレーズ。
それにしても2段目に行く前のB7のサウンドが印象的ですよね。
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五反田: |
これは「第3部第6話」で触れた「ウラ・コード」じゃな。 |
ひろ子: |
マッコイやコルトレーンのソロを紹介して頂きました。アドリブのアプローチの一つである「半音上の7th」を曲として組み込んだということになりますね。 |
五反田: |
その通りじゃ。ここではB7なんだぞ!と強く印象づけるためにかなりわかりやすいフレージングが聞かれる。
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ひろ子: |
一瞬、調性ががらっと変わるのがわかりますね。 |
五反田: |
そういうコード進行もこの曲の魅力であるが、なんといっても前半8小節がサンバ、最後の4小節が4ビートという、リズムの処理が凄いじゃろう。しかもご丁寧にテーマからアドリブまで、全コーラスに渡ってそれを繰り返すのじゃ。 |
ひろ子: |
8や16ビートの曲が途中から4ビートになったりするアプローチはよくありますが、ブルースのように1コーラスが短い曲でこんな風にリズムが変わるのは珍しいかも知れない。 |
五反田: |
これこそがStepsのStepsたる所以なんじゃ。「第2部第7話」でも述べたが、4ビートと8,16ビートのようなスクエアなビートとのギャップが大きければ、音楽として支離滅裂なものになってしまったじゃろう。
ところが「Tea Bag」のところでも述べた「新しい4ビート」を採用することによって、このギャップが小さくなり、基本的には「4ビートも8,16ビートも同じタイム感で演奏する」ことが可能になるわけじゃ。
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ひろ子: |
なるほど、そうつながってくるのか。。。
オリジナルではC面の1曲目、再発CDでは2枚目の1曲目の「Young & Fine」について、語ってください。
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五反田: |
実はわしはこの曲が一番好きだし、一番Stepsらしさが出ていると思うし、音楽的にも素晴らしいと思っておるのじゃ。 |
ひろ子: |
そうだったんですか! ちょっとテーマが長いですが、早速、聴いてみましょう。(楽譜を別ウィンドウで見る)ついでですから、テーマのバンド譜もリンクしておきます。(e9m10.pdf)
この曲はWeather Reportの「Mr. Gone」がオリジナルですよね。随分と雰囲気が違いますが、ウェザーの方も聴いてみましょう。
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五反田: |
曲の雰囲気は随分違うが、イントロ以外のメロディや和音は殆ど同じなんじゃ。Aメロ、Bメロ、それにAメロを4度上に転調したCメロも同じじゃろう。イントロが違うが、これとてStepsが独自に付けたものではなく、Bメロの5段目のフレーズを元にしておる。 |
ひろ子: |
完全4度の和音のところですね。StepsのイントロではGペダル上で、BメロではCペダル上で4度和音を全音ずつ下がってくるパターンをやってます。
それにしてものどかな田園風景を思わせるウェザーの曲調とは全く違う印象ですね、Stepsの方は都会的というか鋭角的というか...
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五反田: |
それがStepsらしいところの1番目じゃ。4ビートの曲なのに異常なほどにベース、ドラム、ピアノなどがキメキメじゃろう。こんなところとか。
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ひろ子: |
ジャンル的にフュージョンに分類されるウェザーより、「ジャズ」と称されるStepsの方がキメキメだなんて、面白いですね。 |
五反田: |
確かにそうじゃな(笑)。Stepsのメンバーはそれぞれ、フュージョン界の売れっ子ミュージシャンであったので、4ビートの曲をやるときにもフュージョンの素養が生きた、逆に言えばフュージョンをジャズに生かしたと言えるんじゃないかな。 |
ひろ子: |
ところで博士、この曲のアドリブ・パートですが、テーマとは全く関係ないコード進行のような気がするんですが。
「Tea Bag」の「Cm7ーF7」のところと同じように、単純なコード進行の繰り返しのように聞こえるのですが。
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五反田: |
「単純なコードの繰り返し」というのは正しい。この手法は「複雑なテーマとシンプルなアドリブ・コード進行」とわしが勝手に呼んでいるもので、いろんな曲で採用されている。
このアルバムでも「Not Ethiopia」がそうだし、StepsがSteps Aheadになってからの「Pools」や、チック・コリアの「Samba Song」や「Cappucino」もこのパターンじゃ。「Tea Bag」のところで説明した、「テーマと同じコード進行でソロを取ることが全てではない」を徹底した形じゃな。
曲全体を見て、テーマからソロへの流れが自然であり、バランスがとれていればテーマと違うコード進行でソロをやっても何の問題もないのじゃ。
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ひろ子: |
ビ・バップのころの「テーマのコード進行はアドリブのための素材」という考えじゃないんですね。「アドリブは曲を構成する一つの要素」とでもいうような、発想なのかしら。
アドリブのコード進行としてはII - V - III - VI(2−5−3−6)を延々と繰り返していると思うんですが。

で、アイコンタクトでバックのアンサンブルがペダル・ポイントのパターンになると...
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五反田: |
コード進行は正しいが、「延々と繰り返す」というのは「ブー」じゃ。この曲では全員が4コーラス、ソロを取っている。しかも意識的に各コーラスを演奏しておるから、今何コーラス目かがすぐわかる仕組みになっておる。 |
ひろ子: |
え?、4コーラスですか? しかも、何コーラス目かがすぐわかるとは... |
五反田: |
ヒントはテーマの後、テナー・ソロに入る前のインタールードにある。
これがソロ・パートの提示になっているんじゃ。このインタールードの続いて4ビートで3コーラス、4コーラス目でインタールードのパターンで締めている。だから1コーラスは32小節だと言えるんじゃ。
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ひろ子: |
インタールードのコード進行とバックのリズム・パターンはこうでした。

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五反田: |
装飾のためにいろんなコードを弾いておるが、基本はBbm7−Eb7ーCm7ーF7のII-V-III-VIじゃ。1〜3コーラスまではさっき、ひろ子くんが言った4小節のコードを8回繰り返して1コーラスなんじゃ。
1コーラスが32小節だということを踏まえて、もう一度演奏を聴いてみて欲しい。先発のマイケル・ブレッカーのソロが一番いいかな。
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改めてStepsのYoung and Fineを聴いてみる |
ひろ子: |
博士、2コーラス目からピアノのバッキングが入りました。1コーラス目はピアノが入っていなかったんですね。 |
五反田: |
そうじゃ、よく聴いてみるとドラムスもほとんど「おかず」を入れずにシンバル・レガート中心、ベースも4度音程などを使いながら心なしかアウト気味のベースラインになっておる。 |
ひろ子: |
それが2コーラス目になるところでピアノが入って、ドラムも手数が多くなります。ピアノの入り方がまたいいですね。
3コーラス目は...え!、まさか!
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五反田: |
驚いたかね、サックスがオルタネート・フィンガリングを駆使しながらシbから半音ずつ、レbまで上がり終わったところが2コーラス目の終わりじゃ。まあ、これは初めから意図したものではなく、その場のアイデアじゃろうが、1コーラスを意識しているからこその発想といえるじゃろう。 |
ひろ子: |
そして4コーラス目がテーマの最後で提示した、ペダル・ポイント+リズム・パターンというわけですね。確かに今何コーラス目なのかがわかります。 |
五反田: |
整理してみよう。
1コーラス目 |
4ビート。ベース、ドラムのみ |
2コーラス目 |
4ビート、ピアノ、バイブが加わる |
3コーラス目 |
// |
4コーラス目 |
ペダル・ポイント+リズム。パターン。 |
このように各コーラス毎に明確にアレンジされておったのじゃ。
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ひろ子: |
コルトレーン・カルテットでコルトレーンのソロが盛り上がったところで、ピアノのマッコイが弾くのを止めますよね。あれとは、逆の感じですね。 |
五反田: |
そう、そうなんじゃ。それこそStepsがわたしたちに教えてくれたことなのじゃ。第2部第6話でバンドのダイナミクスという話をしたが、それをアドリブ・パートに適用して例であるといえる。その中でホーン・ソロとベース・ソロの時のダイナミクスを図に表したが、それをここでも使ってみよう。 |
ひろ子: |
一つ一つの楽器のダイナミクスを積み重ねて、バンド全体のダイナミクスを表す、ってやつですね。コーラス毎の楽器編成とそれぞれのダイナミクスを図に表すと、こんな感じになります。

ソロがなくても伴奏だけでダイナミクスが上がる仕掛けになっているんですね。
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五反田: |
ソロを盛り上げるのはもちろん、ソロイストの力量じゃ。そして言うまでもなくStepsの面々はそれぞれの楽器のオーソリティであり、彼らの力を持ってすればソロのダイナミクスを縦横無尽に操るなんてお手の物じゃ。にもかかわらず、敢えてこのような造りにしたことが新しいのじゃ。
コルトレーン・カルテットの話が出たので「Impressions」などでのコルトレーンのソロの「盛り上がり度」を見てみよう。おそらく演奏してる気持ちとしてはコルトレーンのソロが白熱していくに従って、どんどん盛り上がっていっただろう。

しかし、ここで目線を聴いてる人たち、聴衆の立場で考えてみよう。ピアノが抜けたところで聴衆の緊張感というか「ドキドキ度」はグンとジャンプ・アップするじゃろう。
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ひろ子: |
図にするとこんな感じですね。

やっぱり、一般の人にとってみればトーナリティを支えるピアノが抜けると緊張しちゃいますよね。
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五反田: |
また、演奏の「アウトサイド度」と言ったらいいかな、ソロのフレーズを始め、バッキングなども含めた演奏全体の「外れ具合」もまた、ソロが進むにつれて増していっておる。

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ひろ子: |
それは「第1部第4話」で教えて頂いたアドリブの心得の「初めは少ない音符で」に通じる、基本的な流れのような気がするんですが。。。 |
五反田: |
確かにそうじゃが、コルトレーン・カルテットの場合はその「外れ具合」が桁違いなもので...
聴いてる方が付いていけないくらい、遠くに行ってしまうこともあるじゃろう。そうすると聴衆が離れていってしまうこともあり得るんじゃないか。それはピアノが抜けることで助長されてるんじゃないだろうか。

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ひろ子: |
その点、Stepsではその流れが逆になっていると。つまり、最初にピアノ・レスの状態で聴いてる人をドキドキさせて、2コーラス目からピアノなどの和音楽器が参加して安心させる。最終コーラスではペダル・ポイントとリズム・パターンというわかりやすい形でサウンドを明瞭にしている、と。 |
五反田: |
ソロはもちろん普通通りにどんどん盛り上がっていくし、最終コーラスではバックがわかりやすくなってるせいもあて、リズムの遊びを生かしたポリリズム的なフレーズなども多用して、かなり高度なことをやっている。しかし、音楽全体のサウンドとはインサイドな方向へ収束していき、とても聞きやすい。となると聴いてる方は否が応でも盛り上がるというわけじゃ。

何も「聴衆におもねった演奏をしろ」と言ってるわけではないぞ。ジャズというある種、高度で難解な音楽をわかりやすく聴かせることも重要だと言いたいんじゃ。
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ひろ子: |
難しい話を難しく話すより、わかりやすく話す方が大変ですものね。そういえば「Not Ethiopia」でもソロの最初は4ビートでピアノ・レスですが、途中からサンバになりピアノが参加します。4ビートの時は無調のような難しいサウンドですが、サンバになるとFとEbの簡単なコード・パターンが出てきて安心します。同じ手法なんですね。
でもアドリブのバックがアレンジされていることに抵抗がある人もいるいるかもしれませんね。
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五反田: |
「ジャズは自由」なんてことをよく言う。確かに自由は大事だし、即興演奏である限り、あらかじめ決めた通りに進行しないこともあるだろう。初めから「4コーラスのソロを取る」と決めることが「ジャズじゃない」という人もいるかもしれん。でもそれじゃあ、アドリブのコード進行が決まっているのは自由を奪うことにならないのか? 何もかも自由であればいいのか? だったら「フリージャズ」は本当に自由なのか? 「フリージャズ」というスタイルに逆に縛られていないか? |
ひろ子: |
ま、まあ、博士、落ち着いて。テーマやコードを決めることと同じように、ソロのコーラス数やコーラス毎のアレンジを決めることは必ずしも演奏の自由を奪うことにならない、ということですね。 |
五反田: |
その通りじゃ。
テーマがあって、テーマのコード進行でアドリブして、4バースがあって...という、それはそれでいいところもあるんじゃが、それだけではない曲の構造というか、演奏の方法論を見せてくれたわけじゃ。
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ひろ子: |
でもそうした方法論って、あまり一般的ではないですよね。 |
五反田: |
それがわしが歯がゆく思っているところであり、こうして大声で語っている所以じゃ。
ひろ子くんには到底、想像出来ないかもしれないが、Stepsの来日公演は「Stepsショック」とでもいうべき衝撃的な事件じゃったのだ。来日公演には若手ミュージシャンや大学jazz研の強者たちが連日押しかけ、「一音たりとも聴き逃すまい」というほどの勢いで聞いていたし、「Smokin' In The Pit」が発売されるや、その影響は日本中を席巻したのじゃ。
Stepsに触発されたように、渡辺香津美さんの「頭狂奸児唐眼」の「Kanfoo」や清水靖晃さんや笹路正徳さんらの「JAZZ」といった、「新しい4ビートジャズ」が生まれた。大学生のジャズ・コンテストなども開催され、佐藤達哉さん、布川俊樹さん、藤稜雅裕さん、矢口博康さんらが同じコンテストに出場したこともあった。発売されたばかりのチック・コリアの「Three Quartets」の曲を演奏した大学もあった。このようにジャズが日本で熱かった時代の中、Stepsは最先端ジャズの教科書として広く浸透していったんじゃ。
思うに、最初に話した4ビートのことや、テーマと違うコード進行でアドリブすること、ソロのバック・アンサンブルを考えることなど、全てに共通するんじゃが、Stepsはフュージョンという音楽をジャズの一形態として認め、それをアウフヘーベンした「ジャズ」をやろうとしたんじゃ。
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ひろ子: |
人によってはフュージョンを認めなかったり、「ジャズじゃない」と否定してしまうこともあります。ロック・ミュージシャンと共演しただけで仲違いした兄弟もいました。 |
五反田: |
その分からず屋トランペッターの出現によって、特に日本で復古的、守旧的なムードが広がった。Stepsを「ジャズじゃない」と言った某ジャズ雑誌なんか、待ってましたとばかり、時代を逆戻りさせようとしていた。その影響でStepsのことは歴史の片隅に追いやられることも多かったように思う。 |
ひろ子: |
わたしもこれまで聴いたことがありませんでした。 |
五反田: |
しかし、もうわれわれは後戻りは出来ない。フュージョンを経験してしまったからにはそれを無視することも目をつぶることも出来ない。フュージョンを踏まえて、そのいいところは取り入れて「ジャズ」を演奏していかなければならんのじゃ。 |
ひろ子: |
それにしても「Smokin' In The Pit」は長らく、日本でしか手に入らなかったんですよね? |
五反田: |
そうなんじゃ。わずかに日本からの輸入盤で入手していた人もいたようじゃが、極めて入手困難なアルバムだったようじゃ。
1980年という時代に日本でこうした音楽が聴けたことは実に凄いことじゃ。「Step By Step」の解説で池上 比沙之さんが「こんなグループのアルバムが日本で制作されたことを、ひそかに誇りたい。」とあるが、わしは大声で叫びたい気分じゃ。
そして、この時代にStepsショックを体験した世代のミュージシャンが今の日本のジャズを支えているのじゃ。そしてもちろん、「ズージャでGO!」をご覧のあなたにもそれを伝えていくのがわしの役目だと思っておる。
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ひろ子: |
みなさんもStepsを聴きましょう。現在、CDで入手可能なアルバムは以下の通り。
アルバム名 |
レーベル |
番号 |
Smokin' In The Pit / Steps |
NYC Records |
NYC 6027-2 |
Step By Step + Paradox / Steps |
NYC Record |
NYC 6028 |
Steps Ahead |
Elektra Musician |
7559-60168-2 |
Modern Times / Steps Ahead |
Elektra Musician |
9 60351-2 |
Live In Tokyo 1986 / Steps Ahead |
Videoarts |
VACF-1006 |
|
次回はいよいよ、最終回。アドリブの本質に迫ります。 |
つづく |