1.この曲にまつわる困難その1

Elvin Jones(エルヴィン・ジョーンズ)のバンドでギターを弾いていたRoland Prince(ローランド・プリンス)作曲のAnti-Calypso(アンチ・カリプソ)です。エルヴィンと日本との関係から、彼が率いるバンドが毎年来日公演したりしていく中で、この曲は日本のジャズ界でスタンダードになっていき、1970年台後半〜1980年台あたりまで、誰もが知る曲だった(ようです)。

Elvin Jonesのディスコグラフィーによると、初録音はこのアルバムらしい。

Mr. Thunder / Elvin Jones Personal Score
Mr. Thunder
Elvin Jones (drums)
Steve Grossman (tenor sax)
Roland Prince (guitar)
Milton Suggs (bass)
Luis Agudo (percussions)
Sjunne Ferger (percussions)
Lead Sheet (C)
Original Melody(C)
Lead Sheet(Bb)
Lead Sheet(Eb)
Lead Sheet(Trombone)
midi
demo audio file
Kumla, Sweden, September 29, 1974

「らしい」というのは、クレジットに「Antiqua」と記載されているため、Anti-Calypsoまたの名をAntiguaと同じ曲かどうかが不確かなためです。確かめようにも、このアルバムを持っていないし、CD化されていないため入手困難。ネットを探しても見当たりませんでした。まあ、作曲がRoland Princeとあるので、ほぼ間違いはないでしょうが。Steve Grossman先生が2020年にお亡くなりになったので、その絡みでCD化されるかも知れません。

先程、さらっと書きましたが、Anti-Calypsoはまたの名をAntiguaと言います。「Antigua」は英語で言えば「ancient」、つまり「古代」と言う意味で、同名タイトル曲が山ほどあります。その点、Anti-Calypsoだったら他とはかぶってなさそうだし、「死んでまえ!ロリンズ」というタイトル(極端な意訳ですが)も気持ちいい。いやいや、そうじゃなくて、そもそも何でタイトルが二つもあるねん!というのが困難の一つ。

上のアルバムの次だろうと思われるのがこちら。ここでは曲名は「Anti-Calypso」。

New Agenda / Elvin Jones Personal
New Agenda
Elvin Jones (drums)
Steve Grossman (tenor sax)
Azar Lawrence (tenor sax)
Roland Prince (guitar)
David Williams (bass)
Frank Ippolito (percussions)
Guilherme Franco (percussions)


テーマ
NYC, 1975

テーマはグロスマンとAzar Lawrence(読み方不明)の2テナーで演奏されます。このテーマ処理が、現在の主流になっているように思います。ソロは(多分)Azar Lawrenceだけ。これはCD化されています。

次は2014年に発掘・発売された、1974年エイヴリー・フィッシャー・ホールでの演奏。ここでの曲名は「Antigua」。

Live In New York 1974 & 1976 / Elvin Jones Personal
Live In New York 1974 & 1976
Elvin Jones (drums)
Steve Grossman (tenor sax)
Frank Foster (tenor sax)
Roland Prince (guitar)
Milton Suggs (bass)



テーマ
Avery Fisher Hall, New York, July 4, 1974

ここでもグロスマンとFrank Fosterの2テナーでテーマを演奏し、Frank Foster、グロスマンの順にソロを取っています。ベースやエルヴィン御大もソロを取っているので、13分を越える長尺な演奏になっています。

最後は1978年読売ホールでのライブ。従来、Vol.1、2に分かれていたものが、近年、完全盤として2枚組が発売されました。こちらも「Antigua」。

至上の愛・ライブ・イン・ジャパン1978・完全盤 / Elvin Jones Personal
至上の愛・ライブ・イン・ジャパン1978・完全盤
Elvin Jones (drums)
Frank Foster (tenor sax)
Pat LaBarbera (tenor sax)
Roland Prince (guitar)
Andy McCloud (bass)


テーマ
"Yomiuri Hall", Tokyo, Japan, April 8 & 9, 1978

2.この曲にまつわる困難その2

曲のタイトルが複数ある困難の次は、黒本やそのネタ本であるReal Bookに掲載されていないこと。かつて、悪名高い通称「青本」に載っていましたが、ある版から著作権の関係からかメロディーが消され、コードだけが書かれるようになりました。これでは、演奏が出来ませんよね。つまり、「楽譜がない」ことが次の困難。たまたま、メロディー記載時のデータがあったので、一部だけ載せておきます。

青本(抜粋)

3.この曲にまつわる困難その3

ぼくはこの曲を大学ジャズ研の先輩から、口伝で教わりました。「こんなテーマだよ」と先輩が歌うメロディーを覚えて演奏するという、原始時代のような伝承方法です。当然、伝言ゲームのように、メロディーの細かいところは変わってくるわけです。現在、過去のエルヴィンの演奏が聞けるようになって、改めて聞いてみると、ぼくが記憶しているメロディーと若干、異なることに気付きました(曲名はAntiguaで教えられました)。

先のエルヴィンの演奏を譜面に起こしてみると、大体こんな感じになります。

エルヴィンの演奏(抜粋)

テイクによって、なんなら1コーラス目と2コーラス目でさえ、多少の揺らぎはあるものの、青本のメロディーとは1、3小節の譜割りなどが微妙に違いますよね。ぼくが知っているのは青本に近いです。でも、どっちが正解なんだろうか? メロディーが定まらないところがもう一つの困難。

4.これでいこう、秘蔵の参考演奏と共に

分からない、定まらないと嘆いていてもしょうがない。定番となる形を作っていこうじゃないか。

まず、曲名は「Anti-Calypso」にしよう。

メロディーは「青本」を採用。なぜなら、そっちの方がカッコいいと思うから。

曲はA(8)-A(8)-B(8)-B(8)の32小節で1コーラス。テーマは2コーラスやるのが定番。前に小節数が短い曲はテーマを2コーラス演奏する、と書きましたが、これは例外。なぜ、2コーラスにするかというと、エルヴィンの演奏を聴けば分かるでしょう。1コーラス目は、2テナーでオクターブ下でユニゾン。2コーラス目はオクターブ上げてハモる、というアレンジにするためです。多分、これがジャズの現場の定番と思われます。

B'の最後にこの曲唯一のキメがあります。完全にブレイクする方が良いですね。最後7拍はドラムのフィルで。

キメ

ビートはジャズ・サンバで始めて、ソロの途中でスウィング(4ビート)にするのも定番です。4ビートのまま、ソロ交代しても良いですが、キメをやってソロを終わり、次のソロから再びサンバに戻る、という方法もあります。そっちが主流かな?

ベース・ソロは本人が強く望めば別ですが、やらないことが多いです。エルヴィンの曲なので、ドラム・ソロは欠かせない。ドラム・ソロの時、フリーにしても良いけど、コーラス通りに演奏するのも良いですね。その際には、AやBのアタマ、キメなどをみんなで演奏すると、どこやってるのか分かりやすくて良いと思います。

ラスト・テーマも最初のテーマと同様に2コーラス演奏して、キメの3小節目で終了します。

ここまでの構成を簡単に図にすると、こんな感じ。

テーマ1コーラス目
オクターブ下でユニゾン
 
テーマ2コーラス目
オクターブ上げて、ハモり
 
ソロ1番目
サンバで始めて
3コーラス目くらいから4ビート
キメでサンバに戻る
 
ソロ2番目
サンバで始めて
3コーラス目くらいから4ビート
キメでサンバに戻る
 
 
 
ドラムス・ソロ
ポイント、ポイントで合奏
 
キメでテーマに戻る
 
テーマ1コーラス目
オクターブ下でユニゾン
 
テーマ2コーラス目
オクターブ上げて、ハモり
キメの3小節目で終了


と、言葉で説明しても伝わらないかも知れない。こんな演奏があったので、こっそりと公開します。今は無き伝説のライブハウス、目黒の「SONOKA(ソノカ)」にS藤さんのライブ見に行き、当日、店番をしていたM木さんが参加したテイク(ピアニストの「I上 Y一」さんも店番でした)。テーマ1コーラス目のBで、M木さんがハモろうとして止めてユニゾンに戻してますね。テーマ2コーラス目でS藤さんがオクターブ上、M木さんがハモり。BでM木さんが吹くオブリガードは、オリジナル通りでした。

先発ソロはM木さん。4コーラス目から4ビートにしています。キメを2テナーで吹いて、次はS藤さん(5:02あたり)。ビートはサンバに戻り、3コーラス目から4ビートにしています。4ビートに移るタイミングは合図していたように記憶していますが、音だけ聞いていても、次に行きそうだな、というのが分かりますね。なお、ピアノ・ソロとドラム・ソロをカットしています。ラスト・テーマは最初のテーマと同様に、2コーラス演奏して終わりです。

史上、稀に見る名演です。是非、ご一聴を。

秘蔵演奏 Personal
Sonoka
S藤 T哉 (tenor sax)
M木 T雄 (tenor sax)
Y野 Y子 (piano)
H川 T也 (bass)
H山 "三平" S勇 (drums)

編集済み
SONOKA、目黒、東京、1992年5月22日

5.いざ、セッションへ

以上を踏まえ、これをジャム・セッションで演奏してみましょう。さすがに♩=240は速いですが、あんまり遅いとマヌケです。♩=210〜220は必要かも。2テナーが良いですが、最低でも2管でハモリたい。そうするとテーマ2コーラスは必須ですね。

演奏前に言うこととしては

など。

ソロの途中で4ビートになるくだりは、プロのベーシストなら感じてくれるでしょうが、アマチュアの場合は合図しても気が付かない可能性もあるので、前もって言っておいた方が良いでしょう。ドラムスはほぼ間違いなく付いてきてくれます。でも、必ずコーラスのアタマから切り替えて下さいね。間違ってもコーラスの途中で切り替えないように、当たり前ですが。

キメでソロを終わるくだりは先発ソロが見本を示せば、後続のソロイストに踏襲して欲しいところですが、前もって伝えておいた方が安全。それでも、結構な確率でソロを自分で終わらせられない人も居るので、強引にキメをやっても良いでしょう。ドラムス・ソロでグチャグチャになってしまった時は、カウントを出してラスト・テーマに入るのもアリです。

それでは、良きセッション・ライフを。


Last Update 01/01/2021 12:27 inserted by FC2 system