1.この曲にまつわる困難その1
Elvin Jones(エルヴィン・ジョーンズ)のバンドでギターを弾いていたRoland Prince(ローランド・プリンス)作曲のAnti-Calypso(アンチ・カリプソ)です。エルヴィンと日本との関係から、彼が率いるバンドが毎年来日公演したりしていく中で、この曲は日本のジャズ界でスタンダードになっていき、1970年台後半〜1980年台あたりまで、誰もが知る曲だった(ようです)。
Elvin Jonesのディスコグラフィーによると、初録音はこのアルバムらしい。
「らしい」というのは、クレジットに「Antiqua」と記載されているため、Anti-Calypsoまたの名をAntiguaと同じ曲かどうかが不確かなためです。確かめようにも、このアルバムを持っていないし、CD化されていないため入手困難。ネットを探しても見当たりませんでした。まあ、作曲がRoland Princeとあるので、ほぼ間違いはないでしょうが。Steve Grossman先生が2020年にお亡くなりになったので、その絡みでCD化されるかも知れません。
先程、さらっと書きましたが、Anti-Calypsoはまたの名をAntiguaと言います。「Antigua」は英語で言えば「ancient」、つまり「古代」と言う意味で、同名タイトル曲が山ほどあります。その点、Anti-Calypsoだったら他とはかぶってなさそうだし、「死んでまえ!ロリンズ」というタイトル(極端な意訳ですが)も気持ちいい。いやいや、そうじゃなくて、そもそも何でタイトルが二つもあるねん!というのが困難の一つ。
上のアルバムの次だろうと思われるのがこちら。ここでは曲名は「Anti-Calypso」。
テーマはグロスマンとAzar Lawrence(読み方不明)の2テナーで演奏されます。このテーマ処理が、現在の主流になっているように思います。ソロは(多分)Azar Lawrenceだけ。これはCD化されています。
次は2014年に発掘・発売された、1974年エイヴリー・フィッシャー・ホールでの演奏。ここでの曲名は「Antigua」。
ここでもグロスマンとFrank Fosterの2テナーでテーマを演奏し、Frank Foster、グロスマンの順にソロを取っています。ベースやエルヴィン御大もソロを取っているので、13分を越える長尺な演奏になっています。
最後は1978年読売ホールでのライブ。従来、Vol.1、2に分かれていたものが、近年、完全盤として2枚組が発売されました。こちらも「Antigua」。
2.この曲にまつわる困難その2
曲のタイトルが複数ある困難の次は、黒本やそのネタ本であるReal Bookに掲載されていないこと。かつて、悪名高い通称「青本」に載っていましたが、ある版から著作権の関係からかメロディーが消され、コードだけが書かれるようになりました。これでは、演奏が出来ませんよね。つまり、「楽譜がない」ことが次の困難。たまたま、メロディー記載時のデータがあったので、一部だけ載せておきます。
青本(抜粋)
3.この曲にまつわる困難その3
ぼくはこの曲を大学ジャズ研の先輩から、口伝で教わりました。「こんなテーマだよ」と先輩が歌うメロディーを覚えて演奏するという、原始時代のような伝承方法です。当然、伝言ゲームのように、メロディーの細かいところは変わってくるわけです。現在、過去のエルヴィンの演奏が聞けるようになって、改めて聞いてみると、ぼくが記憶しているメロディーと若干、異なることに気付きました(曲名はAntiguaで教えられました)。
先のエルヴィンの演奏を譜面に起こしてみると、大体こんな感じになります。
エルヴィンの演奏(抜粋)

テイクによって、なんなら1コーラス目と2コーラス目でさえ、多少の揺らぎはあるものの、青本のメロディーとは1、3小節の譜割りなどが微妙に違いますよね。ぼくが知っているのは青本に近いです。でも、どっちが正解なんだろうか? メロディーが定まらないところがもう一つの困難。
4.これでいこう、秘蔵の参考演奏と共に
分からない、定まらないと嘆いていてもしょうがない。定番となる形を作っていこうじゃないか。
まず、曲名は「Anti-Calypso」にしよう。
メロディーは「青本」を採用。なぜなら、そっちの方がカッコいいと思うから。
曲はA(8)-A(8)-B(8)-B(8)の32小節で1コーラス。テーマは2コーラスやるのが定番。前に小節数が短い曲はテーマを2コーラス演奏する、と書きましたが、これは例外。なぜ、2コーラスにするかというと、エルヴィンの演奏を聴けば分かるでしょう。1コーラス目は、2テナーでオクターブ下でユニゾン。2コーラス目はオクターブ上げてハモる、というアレンジにするためです。多分、これがジャズの現場の定番と思われます。
B'の最後にこの曲唯一のキメがあります。完全にブレイクする方が良いですね。最後7拍はドラムのフィルで。
キメ
ビートはジャズ・サンバで始めて、ソロの途中でスウィング(4ビート)にするのも定番です。4ビートのまま、ソロ交代しても良いですが、キメをやってソロを終わり、次のソロから再びサンバに戻る、という方法もあります。そっちが主流かな?
ベース・ソロは本人が強く望めば別ですが、やらないことが多いです。エルヴィンの曲なので、ドラム・ソロは欠かせない。ドラム・ソロの時、フリーにしても良いけど、コーラス通りに演奏するのも良いですね。その際には、AやBのアタマ、キメなどをみんなで演奏すると、どこやってるのか分かりやすくて良いと思います。
ラスト・テーマも最初のテーマと同様に2コーラス演奏して、キメの3小節目で終了します。
ここまでの構成を簡単に図にすると、こんな感じ。
テーマ1コーラス目 |
オクターブ下でユニゾン |
↓ |
|
テーマ2コーラス目 |
オクターブ上げて、ハモり |
↓ |
|
ソロ1番目 |
サンバで始めて |
3コーラス目くらいから4ビート |
キメでサンバに戻る |
↓ |
|
ソロ2番目 |
サンバで始めて |
3コーラス目くらいから4ビート |
キメでサンバに戻る |
↓ |
|
・ |
|
・ |
|
ドラムス・ソロ |
ポイント、ポイントで合奏 |
|
キメでテーマに戻る |
↓ |
|
テーマ1コーラス目 |
オクターブ下でユニゾン |
↓ |
|
テーマ2コーラス目 |
オクターブ上げて、ハモり
キメの3小節目で終了 |
と、言葉で説明しても伝わらないかも知れない。こんな演奏があったので、こっそりと公開します。今は無き伝説のライブハウス、目黒の「SONOKA(ソノカ)」にS藤さんのライブ見に行き、当日、店番をしていたM木さんが参加したテイク(ピアニストの「I上 Y一」さんも店番でした)。テーマ1コーラス目のBで、M木さんがハモろうとして止めてユニゾンに戻してますね。テーマ2コーラス目でS藤さんがオクターブ上、M木さんがハモり。BでM木さんが吹くオブリガードは、オリジナル通りでした。
先発ソロはM木さん。4コーラス目から4ビートにしています。キメを2テナーで吹いて、次はS藤さん(5:02あたり)。ビートはサンバに戻り、3コーラス目から4ビートにしています。4ビートに移るタイミングは合図していたように記憶していますが、音だけ聞いていても、次に行きそうだな、というのが分かりますね。なお、ピアノ・ソロとドラム・ソロをカットしています。ラスト・テーマは最初のテーマと同様に、2コーラス演奏して終わりです。
史上、稀に見る名演です。是非、ご一聴を。
秘蔵演奏 |
Personal |
|
S藤 T哉 (tenor sax)
M木 T雄 (tenor sax)
Y野 Y子 (piano)
H川 T也 (bass)
H山 "三平" S勇 (drums)
編集済み
|
SONOKA、目黒、東京、1992年5月22日 |
5.いざ、セッションへ
以上を踏まえ、これをジャム・セッションで演奏してみましょう。さすがに♩=240は速いですが、あんまり遅いとマヌケです。♩=210〜220は必要かも。2テナーが良いですが、最低でも2管でハモリたい。そうするとテーマ2コーラスは必須ですね。
演奏前に言うこととしては
- サンバであること(正確には4/4拍子のジャズサンバ)
- テーマは2コーラス
- テーマではラスト4小節のキメがあること
- ソロはサンバで始めて、2〜3コーラス目から4ビート、キメでサンバに戻る
など。
ソロの途中で4ビートになるくだりは、プロのベーシストなら感じてくれるでしょうが、アマチュアの場合は合図しても気が付かない可能性もあるので、前もって言っておいた方が良いでしょう。ドラムスはほぼ間違いなく付いてきてくれます。でも、必ずコーラスのアタマから切り替えて下さいね。間違ってもコーラスの途中で切り替えないように、当たり前ですが。
キメでソロを終わるくだりは先発ソロが見本を示せば、後続のソロイストに踏襲して欲しいところですが、前もって伝えておいた方が安全。それでも、結構な確率でソロを自分で終わらせられない人も居るので、強引にキメをやっても良いでしょう。ドラムス・ソロでグチャグチャになってしまった時は、カウントを出してラスト・テーマに入るのもアリです。
それでは、良きセッション・ライフを。