Yukari Itoh Aozora no Yukue score
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第11話:伊東ゆかりの「青空のゆくえ」

はじめに

「ぽっぷす・てぃっぷす」は決して、知られざる名曲を発掘し紹介するコーナーではありません。でも、やっぱりレアな選曲じゃったかのう(^_^;)。しかし実は「ぽっぷす・てぃっぷす」を始めたときから「絶対に取り上げよう」と決めていたのが、この伊東ゆかりさんの「青空のゆくえ」。

伊東ゆかりさんは1959年デビュー。「小指の思い出」「恋のしずく」など、数多くのヒット曲を持つ「昭和歌謡」の代表的な歌手じゃ。また、イタリアの「サンレモ音楽祭」、東京音楽祭、スペインのマジョルカ音楽祭で数々の賞を受賞したり、テレビ「サウンドインS」出演など、ポップス・シンガーとして活躍しておられる。

「青空のゆくえ」は1969年合歓ポピュラーフェスティバルで作曲グランプリを受賞した宮川泰(みやがわ ひろし)大先生の名曲じゃ。「合歓ポピュラーフェスティバル」は「歌手やプレイヤー中心であった当時の音楽状況のなかで、音楽の中心である作曲家に、作品を発表する機会を与え、日本のポピュラー音楽の質の向上と反映をはかるという目的で開催」(by YAMAHA)されたそうで、多くの作曲者の作品が披露された。

伊東ゆかりさんは同じ渡辺プロダクションの園まりさん、中尾ミエさんとで三人娘として映画やテレビに出演していましたが、わしは伊東ゆかりさんがタイプでした(^_^;)。そんなことはさておいて、早速始めよう。

構成

バラード調で始まるA(12小節)、テンポがほぼ倍になってもう一回A(9)、中間部のB(16)、サビのC(16)と53小節で1コーラス。2コーラス目はA−B−C、半音上げてCと展開していく。譜面は簡略して1コーラス分、MIDIはフルコーラス収録した。なお、オリジナル・キーはF#だと思われるが、ここでは半音下げて掲載している。

ポイントその1

バラード調に始まり、テンポを上げて展開していき、壮大なフィナーレを迎える、というダイナミックな曲調、これがこの曲の最大の特徴。そもそも1曲の長さが3〜4分のポップスでは、そうしたダイナミックな展開は難しいものなんじゃ。やはり、時間をかけてじっくり盛り上げていく必要がある。それを短い時間に収めようとすると、展開があわただしくなってしまう。しかしこの「青空のゆくえ」はその難題に果敢に挑戦し、見事に成功しておる。オリジナルでは宮川泰先生自ら編曲の壮大なオーケストレーションが施されておるが、それだけでなし得るものではない。そこには数々の仕掛けがあるのじゃ。

ポイントその1の1

リズムの変遷。先にも述べたようにバラード調に始まり、テンポがほぼ倍になる。右の譜面では省略してしまったが、詳しく書くとこんな感じじゃろうか。

2段目の3小節目で軽くフェルマータし、4小節目の3拍をテヌート気味にゆったり奏で、3段目でほぼ倍のテンポにしている。それと同時に金管楽器やティンパニやドラムも参加し、リズミックになる。このように突然、リズミックにすることで、唐突ではあるんだけど、スムーズにテンポを倍にできるのじゃ。また、3段目の後半2小節は同じフレーズを音量を落として演奏することで、ちょうどいい間というか、テイクオフのための滑走路になっておる。びっくりさせといて、「まあまあ、落ち着いて。さて行くよ」みたいなニュアンスじゃろうか。

「テンポがほぼ倍」じゃが、本当に倍のテンポにしちゃうとせかせかした感じになり、しっくり来ない。現場では「ここから倍のテンポね」で通じるんじゃろうけどな。不思議なもんじゃ。「本当に倍のテンポ」でも聞いてみよう。

リズムの変遷の第2弾はテンポがほぼ倍ほどインパクトはないが、曲を構成するのには不可欠な中間部前半の「ゆったりビート」。テンポを倍にしてアクセルを踏んで直進したところで、ちょっと一息つくみたいな感じか。

リズム変遷の第3弾が極めつけ、サビ前のフェルマータ。フェルマータは音を伸ばすというより、本来はリズムを「停める」という意味。曲の最後でリタルダントしてフェルマータで終わるのはよくあるパターン。こうした曲の途中で使うのは珍しい。ましてやポップスでは危険な技と言えるのではないだろうか。どうしても音楽の流れを「停めて」しまうことになるわけで、この曲の場合も、テンポを倍にして、せっかくここまで盛り上げたのに、それを停めちゃうなんて!、ということじゃ。

ところがこの「危険な技」も見事に決まると、最大の見せ場になる。フェルマータ3発で力を貯めて、それを爆発させるように盛り上げる。加速なんてもんじゃない、ロケット噴射して大気圏外に飛び出しちゃうほどの勢いじゃ。

ここの音出しのタイミングは指揮者に委ねられるんじゃろうが、MIDIではそうはいかん。結構、苦労したぞ。ご参考のためにMIDIで演奏した譜面を載せておこう。

フェルマータの入る前の四分休符を2拍にして、フェルマータの1〜2個は3拍づつ。テンポも若干遅くしてある。3つ目のフェルマータではテンポを元に戻して、4拍にしてある。実際に指揮棒を振るときもこんな感じで考えるんじゃなかろうか。いかがでしょうかねえ、宮川先生〜。

ポイントその1の2

ダイナミックな曲調を構成しているもう一つの要素は転調。Aはヘ短調(Fm)じゃが、中間部のBからはヘ長調(F)に転調する。こうした同じルートの短調・長調の関係は同名調とか同主調と言いますが、教科書にも載っている一般的な転調も、上手にやらないと結構、クサくなるのが玉にキズ。ざあとらしく聞こえちゃうわけじゃ。

「青空のゆくえ」ではヘ短調からヘ長調への転調が2回、ヘ長調からヘ短調への転調が1回、登場するが、どちらも工夫のあとが見受けられる。短調から長調への転調はAからBへのつなぎ。

1小節、余計に入れることで準備期間(?)が長くなるのかしら。

長調から短調への転調は1コーラス目と2コーラス目のつなぎ。ここでは1コーラス目のバラードからインテンポに変わるところで登場した、ストリングスとティンパニの掛け合いフレーズでヘ短調に戻している。

いずれもさりげなく、美しく転調しておる、見事じゃ。

最後の転調は盛り上げの王道、半音上への転調。2コーラス目にサビを1度演奏したあと、半音上に転調してもう一度サビを演奏する。オリジナルでは半音上げてからは歌詞じゃなく、「ランランラン〜」とスキャット風に唄っている。

ポイントその2

ポイントその1が音楽全体の流れの話だったので、その2はディテールにこだわって。中間部Bの後半のGm7-E7というコード進行じゃ。

E7はヘ長調(F)ではVII7(7度の7th)、つまり1度の半音下のセブンスじゃ。ズージャでGO 第3部 第6話の「吐息でネット」IVII7(1度→7度7th)というコード進行を紹介したが、これはちょっとニュアンスが違うかもしれない。むしろ次のAm7へのドミナント・モーションを作るためのE7という捉え方が正しいじゃろう。

通常では次のようにGm7-C7じゃよね。それに合わせてメロディを一音だけ変えてみよう。

わかるかのう。C7のところの「シ」を「ソ」に変えただけじゃが、随分と雰囲気が変わってしまう。それはオリジナルのE7というコードに含まれる「ソ♯・シ」がちょこっとアウトサイドなのが作用しているが、実はそれだけじゃない。

よく譜面を見てみると、フレーズの音程が段々と上がっていっているじゃろう。

実はこの上昇フレーズが次に来るサビへの助走路になっておるのじゃ。ん〜ん、実に素晴らしい。

余談になるがGm7-E7という進行は「ズージャでGO!第3部第3話」で紹介した、太田裕美さんの「恋愛遊戯」と同じじゃ。本当はあそこで「青空のゆくえ」を取り上げたかったのじゃが、あまりにマニアック過ぎるので諦めたんじゃ。って、マニアックの基準がマニアック?

ポイントその3

まあ、ポイントとかの問題じゃなく、この曲の最大の見せ場、サビのメロディ・ラインじゃ。これはメロディ作りの基本中の基本とも言える「同じ音型のレフレイン」と言うやつじゃが、和音の高次音で「ゆらゆら」揺れるのが、切なさを助長する。可愛い女の子が「いや〜ん、いや〜ん」する感じか(違う、違う(^_^;))。

「和音の高次音」というのは7度などのルートから遠い音ということ。Bbmaj7で言えば、ラはメジャー・セブンス、つまり7番目でルートから遠いということ。実はこの曲で唯一、宮川泰先生と意見が分かれるのが、ここのコード進行。わしじゃったら、こんなコード進行にすると思う。

メロディ・ラインに影響はないし、サウンド的にもそんなに違いはないのかも知れない。BbBbm7FG7BbBbm7Am7Abdimにしたわけじゃが、Am7F6のルート違いであるし、AbdimG7の代理コード(半音上のディミニッシュは代理コード。ズージャでGO!第3部第3話参照)なので、実質的に同じコード進行だと言える。ただ、「和音の高次音でゆらゆら揺れるメロディ」を説明するには、BbBbm7Am7Abdimの方が説明しやすい。

Bbmaj7のラがメジャー・セブンスに続いて、Am7のソはセブンス、Gm7のファもセブンス、といった具合に非常に「ぽっぷす・てぃっぷす」的な進行になる(^_^;)。

まあ、本当に些細な、趣味の問題ではあるんじゃがね。

最後に

今回、これを書くに当たって、やはりもう一度聞き直してみようと音源を探したのじゃが見つからず、CDを買おうと思ったんじゃ。「青空のゆくえ」は伊東ゆかりさんが「キング・レコード」に所属していたときの曲で、わしが大好きなもう一曲、「陽はまた昇る」は1972年の「コロムビア・レコード」時代の作品。どうせCDを買うなら、この2曲が入っている方がいいなあ、方々探したんじゃが、やはりレコード会社の壁は厚いというか、この2曲が同時に収録されたアルバムはなかった。

それが2003年8月にコロムビアから発売された「伊東ゆかり・しんぐるこれくしょん」に「青空のゆくえ」と「陽はまた昇る」が収録されているではないか。

しんぐるこれくしょん

「これは買い!」と飛びついたのじゃが、肝心の「青空のゆくえ」はライブ・バージョンで、中間部で「皆様、今晩は。お天気の悪い中、ようこそおいで下さいました」なんてナレーションが入ってしまうテイクだったので、近所の中古レコード屋さんで「青空のゆくえ」のドーナツ盤を買ってきて、それをコピーしました(^_^;)。わしって、おタク?

「青空のゆくえ」ドーナツ盤

ちなみに「陽はまた昇る」は筒美京平さまの名曲で、「筒美京平ウルトラ・ベスト・トラック(COCA-14831)」にも収録されています。みなさんも伊東ゆかりさんの素晴らしい歌声を聞いてみてくだされ。

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