「ひろQ」の練習日です。今回はお茶目な新曲を練習します。 |
ひろ子: |
博士! 新曲の「Up Jumped Spring」って可愛いらしくて、良い曲ですね。 |
五反田: |
これがあの、今は亡きフレディー・ハバードの作曲とは思えんじゃろう。 |
ひろ子: |
え? フレディー・ハバードって亡くなったんですかあ? |
五反田: |
音楽的にね。 |
ひろ子: |
博士! これを読む人はジャズの初心者の方もいらっしゃるんですよ。冗談のつもりで言っても真に受ける方が居るんですから。先日も「I'll Open Your Eyes」はどのアルバムで演奏してるんですか?って質問されましたよ。発言には気を付けてくださいね。 |
五反田: |
は、はい(-_-;)。わかりましたじゃ。ちなみに「I'll Open Your Eyes」は「I'll Close My Eyes」のもじりじゃ。真剣に捜した方、申し訳なかったじゃ。さらに言えば「森田ーっと」は「Moritat」のことで... |
ひろ子: |
それはさすがにわかりますけど。
さあ、練習を始めましょう。早速「Up Jumped Spring」をやってみましょう!
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五反田: |
じゃあ、イントロはFのペダルで「III-VI-II-V(3-6-2-5)」を2回やろう。 |
ひろ子: |
え? 博士! 何ですか? |
五反田: |
だから「3-6-2-5」じゃよ。キーがBbだから「Dm7-G7-Cm7-F7」じゃ。 |
ひろ子: |
「3-6-2-5」は判ります。「ペダル」とかいうのが... |
五反田: |
ん?そうじゃったか、まだ説明してなかったな。まあ、1回やってみれば判るじゃろう。
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ひろ子: |
イントロでベースはずーっとFを弾いてたみたいですけど。 |
五反田: |
そう、それがペダルというやつじゃ。
正確には「ペダル・ポイント」と言い、「あるChord ProgressionにSustainされた音(延長された音)を加えることによりそのChord Progressionをよりヴァラエティー<Variety>に富んだものにする技法である。(Jazz Study 渡辺貞夫著)」のこと。
まあ、コードが変わっても一つの音を変えずに伸ばすことじゃ。
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ひろ子: |
確かにコードは「Dm7-G7-Cm7-F7」と変わっているのにベースはFだけですね。
もう少し詳しく「ペダル」について教えてください。
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五反田: |
じゃあ、まず教科書に載ってるようなことから。
ものの本によれば「伸ばす音」が高いか低いかで
・ベース・ペダル・ポイント
・ソプラノ・ペダル・ポイント
に区分できる。まあ、ジャズの場合は圧倒的にベース・ペダルが使われる。ベース・ペダルはベーシストが弾けばすぐ実現できるんでね。
さらに使う音の種類によって次の2種類があるんじゃ。これは重要じゃぞ。
・ドミナント・ペダル・ポイント
・トニック・ペダル・ポイント
これは少し説明が必要じゃろう。平たく言えばキーがCの場面で「ソ−」と伸ばすのがドミナント・ペダルで、「ド−」と伸ばすのがトニック・ペダルじゃ。
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ひろ子: |
あのー、平たすぎてよくわかりませ〜ん。 |
五反田: |
さっきの「Up Jumped Spring」のイントロはキーがBbで、Fのペダルを弾いてたからドミナント・ペダルなんじゃ。キーがBbのドミナント(5番目の音)は「Bb-C-D-Eb-F」でFじゃろう。だからドミナント・ペダルというんじゃ。 |
ひろ子: |
トニック・ペダルは? |
五反田: |
正直言って、トニックペダルの良い例が見つからないんじゃ。ジャズの現場では「ドミナント・ペダル」を使うことがほとんどと思って間違いないじゃろう。 |
ひろ子: |
具体的にどういう場面でペダルは使われるんでしょうか? |
五反田: |
いくつかパターンがあって、さっきのようにイントロで使われることが多い。
その他、テーマのサウンドを変える目的で使うこともある。例えばさっきの「Up Jumped Spring」はA−A−B−A形式の曲で、先ほどは3回のAを同じように演奏したが、サビあとの3回目のAにペダルを使うことも出来るんじゃ。
第2部第6話でA−A−B−A構成の曲でのダイナミクスを考慮したテーマの処理方法を説明したが、これはその応用とも言えるな。
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ひろ子: |
コードが「Bb-G7-Cm7-F7」と変わっていくのにベースはFで押し通すんですね。なんか、ふわふわ漂うような不思議な気持ち良さがあります。 |
五反田: |
この例でも判るようにペダル・ポイントにはコード進行を曖昧にするというか、コード進行から一時的に解放される効果があるんじゃ。 |
ひろ子: |
そういえば、リズムもここまでのワルツ風のビートとはちょっとニュアンスが変わりましたよ〜。 |
五反田: |
そう、そう、良いところに気がついたね。ペダル・ポイントにはハーモニー的な自由度が増すと同時に、リズム的にもそれまでの流れからフッと離れるというか、大きく場面展開する効果があるんじゃ。さっきの例では1拍半でペダルを弾いておったな。関くん、ナイスじゃ。 |
関: |
はい、長年、博士に鍛えられていますので。 |
五反田: |
このように「ペダル・ポイント」には様々な効果があって、それ故なのかジャズの巨人達は皆、「ペダル好き」なんじゃ。マイルスしかり、コルトレーンしかり。コルトレーンなどはピアニストのマッコイ・タイナーもペダル大好きなので、油断するとペダルだらけになったりする。
もう少しテーマにおけるペダルの例を紹介しよう。デイブ・ブルーベックの「In Your Own Sweet Way」という曲ではペダルの8小節がある。
ペダルの部分をイントロにも使うことが多いね。ジェリー・バーガンジなどはペダルの部分を16小節に拡大して演奏しておった。
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ひろ子: |
A−A−B−Aでは細かくコードが変わるのと対照的にCではペダルになるんですね。 |
五反田: |
そう、まさに曲を大きく展開するのに役立っておるんじゃ。ペダルの部分で力を貯めて貯めて、アタマのAからまた爆発するという効果もあるね。 |
ひろ子: |
Cの部分はアドリブの時もペダルにするんですか。 |
五反田: |
この曲の場合はペダルにする。1コーラスの重要な要素だからね。さらにテーマのCからアドリブを始めるのが定番じゃ。アドリブのイントロを演奏するような感じかな。
Wayne Shorterの「Yes Or No」という曲ではペダルが曲の中心になっていると言ってもいいくらい、ペダルが重要な役割を果たしている。
これはWayne Shorterがペダル大好きのマッコイ・タイナーがピアノを弾くことを前提にして作曲したんじゃ。
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ひろ子: |
本当ですね、ペダルなしでは曲として成立しない感じです。 |
五反田: |
バラードでもペダル・ポイントは使えるんじゃよ。有名な「Round Midnight」でPaul Chambersがペダルを使っておった。
EbmのところでBbのペダルを弾いておる。これもドミナント・ペダルじゃな。
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ひろ子: |
1回目のAは普通に弾いて、2回目のAでペダルにしてました。ペダル・ポイントがハーモニー的にもリズム的にもアクセントになっていて、ムードに流れがちな曲に緊張感を与えてます〜。
ところでペダル・ポイントはテーマでしか使わないんですか?
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五反田: |
いやいや、そんなことはない。ジャズにおけるペダル・ポイントの醍醐味はむしろアドリブ・ソロでのバッキングにあると言っても過言ではない。
よく使われるのはソロの終わりの4小節位をペダルにするパターンじゃ。コーラスの終わりを「ターンバック」などと呼ぶことがあるが、その「ターンバック」でペダルを使うんじゃ。これはブルースでも使えるぞ。
ピアノ・ソロの終わりではベースじゃなくてピアノの左手でペダルを弾くことも多い。
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ひろ子: |
このサウンドはCDなどでよく聴きます。ペダル・ポイントはピアノでも出来るんですね。
ソロの終わり以外ではどういうところでペダルは使えるんですかあ?
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五反田: |
さっきの「ターンバック」のパターンではソロの終わりに限らず、コーラスの最後に使うこともある。さらに思い切ってコーラスのアタマで使うこともあるんじゃ。チャーリー・パーカー大先生の「Ko Ko」を聴け!
ここではトランペットのディジー・ガレスピーがピアノを弾いているんじゃが、こういうセンスは当時のベーシストにはなかったのかもしれん。見事にパーカーのソロを盛り上げておる。ペダルで力を貯めておいて、もう一段階、上のレベルにTake-Offさせるような素晴らしいバッキングじゃ。
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ひろ子: |
これもドミナントペダルなんですね。キーがBbでFのペダルです。しかも「F-E-Eb」と半音ずつ下がってEbmaj7につなげてました。 |
五反田: |
もう一つ、凄い例を紹介しよう。おうっと、これは珍しくトニック・ペダルじゃ。ハービー・ハンコックの「Eyes Of Haricane」のピアノ・ソロでの一節から。
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ひろ子: |
この曲はFmのブルースですよね? 全然、ブルースに聞こえないんですが.... |
五反田: |
まあ、そこがハンコックのハンコックたるところじゃ。それでも今のハンコックに比べれば随分と判りやすいぞ。 |
ひろ子: |
それにしてもここでは12小節、ずーとペダルでしたよね。さっきの「Round Midnight」ではたったの1小節しかペダルをやってませんでした。ペダルの小節数の目安みたいなものはないんですか? |
五反田: |
いいところに気がついたね。これはぜひ覚えておいてもらいたい。
アドリブのバックでペダルを仕掛けるときは、小節数ではなく、絶対的な時間の長さを目安にするんじゃ。これを「ペダル絶対時間論」と言う。
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ひろ子: |
またまた、五反田理論ですか? もう少し詳しく教えてください。 |
五反田: |
つまり、バラードのようなテンポの遅い曲では1小節で充分じゃが、テンポの速い曲では長めにペダルを使うということじゃ。
「何秒間ペダルにするか」という尺度で考えるんじゃ。アドリブのバックであんまり長くペダルをやられても困るじゃろう?
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ひろ子: |
なるほど。曲のテンポによってペダルの長さが決まるということですね。
ところで、アドリブのバックでのペダルは事前に打ち合わせをしているんですか?
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五反田: |
ケース・バイ・ケースで前もって打ち合わせしておくこともあるし、さっきの「KoKo」や「Eyes Of Hurricane」のように突発的に誰かが仕掛けることもある。
次の例は前もって打ち合わせたペダルの例じゃ。「Steps」の「Young & Fine」のソロの最後(4コーラス目)をペダルにしておる。この曲では先発のテナー・サックス・ソロの前に「In Your Own Sweet Way」と同じように、ペダルで「ソロのイントロ」というか、インタールードを演出しておる。
アンサンブルのコード進行は上の通りじゃが、基本はAbのIII-VI-II-V(3-6-2-5)、つまりBbm7-Eb7-Cm7-F7の繰り返しじゃ。
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ひろ子: |
それにしてもいろんなペダル・ポイントがあるんですね。もう、おなか一杯です。 |
五反田: |
まだまだ、紹介したい例はいっぱいあるぞ! 例えば尾崎亜美さん作曲で岩崎良美ちゃんが唄った名曲「ごめんねダーリン」のサビ前とか、松本伊代ちゃんの「伊代はまだ(ドド・ドド)16だから〜」のあととか... |
ひろ子: |
わ、わかりましたから、博士。どんどん収拾がつかなくなってしまいます。
ところで今回のマイナス・ワンは何にしましょうか?
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五反田: |
ん〜ん、「All The Things You Are」にしようかな。 |
ひろ子: |
え〜? ペダルと全然関係ないじゃないですか? |
五反田: |
いやいや、そんなことはないぞ。サビの4小節でドミナント・ペダルを使うんじゃ。ミディアム・テンポじゃ、ちと辛いが早めのテンポでは十分アリじゃ。
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ひろ子: |
本当にいろんなところでペダルは使えるんですねえ。 |
五反田: |
サビの「II-V-I(2-5-1)」でドミナント・ペダルというのは、比較的よくある、定番とも言える手法じゃ。覚えておくと良いじゃろう。 |
ひろ子: |
はい! わかりました。さあ、「All The Things You Are」を練習しましょう。イントロが難しいのよね。
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つづく |