Manhattan Transfer Nothing You Can Do About It score
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第7話:マントラの「Nothing You Can Do About It」

はじめに

「マントラ」なんて略しちゃいましたが、正しくはマンハッタン・トランスファーの1979年発表の「Extensions」というアルバムの中の曲です。

「マンハッタン・トランスファー」について少し説明しておくと、男二人女二人のコーラス・グループで1972年デビュー、1975年に初アルバムをリリース。1978年のライブ・アルバムでウディ・ハーマン楽団の「Four Brothers」の完コピをボーカリーズで話題を呼んだが、大ブレイクしたのは「Nothing You Can Do About It」も収録されている「Extensions」。このアルバムではウェザー・リポートの「Bird Land」を取り上げて、テレビやラジオで盛んにオンエアされた。また「トワイライト・トーン」というヒット曲も生み出した。

その後も活動を続け、1985年の「ボーカリーズ」では全曲、ジャズナンバーをボーカリーズするという、とんでもないアルバムを発表。今も活躍中(だと思う)。

で、今回の主役は「マントラ」ではない。このアルバムをプロデュースし、曲も提供、ギターも弾いているジェイ・グレイドンが今回の主役。またまた、知らない人のためにジェイ・グレイドンの紹介をしておくと、数多くのスタジオ・ワークをこなし、古くは1975年ウェイン・ショーターの「Native Dancer」やジノ・バネリの「Storm At Sunup」からアース・ウィンド&ファイヤーの諸作に参加。デビッド・フォスターとのコンビで「After The Love Is Gone」という名曲も作った。スティーリー・ダンの「Peg」のギターソロで一躍、有名ギタリストの仲間入りを果たした。

そんなジェイ・グレイドンがプロデュース業を始めた初期の作品がマントラの「Extensions」だった。先述の「Bird Land」を始め、シンセサイザーでビッグバンド・サウンドを再現した「Wacky Dust」やボーカリーズの「Body & Soul」、トワイライト・トーンでの一人ハーモニー・ギターソロも格好良かったし、デビューしたてのスパイロ・ジャイラの「Shaker Song」を取り上げたりと、アイディア満載で、それまでちょっと野暮ったかったマントラを華麗に変身させた。プロデュースの勝利、とでもいうべき傑作アルバムじゃ。

今回取り上げた「Nothing You Can Do About It(邦題:貴方には何も出来ない)」はジェイ・グレイドンとデビッド・フォスターの作品で、彼らのユニット「Airplay」のアルバムにも収録されている。シングル・カットされたわけじゃないが、わしは昔から好きで、またある意味、1980年台ポップスの典型とも言えるので取り上げてみた。ちなみにわしは大学生時代にマントラの影響を強く受け、「和田町トランスファー」なんていうコーラス・バンドをやったことがあった。まあ、そんな昔話はどうでもいいとして、早速始めよう。

構成

強烈なブラスに続き、ピアノが主導するイントロ8小節のあと、A(8)ーA’(8)ーB(14)ーC(8)で1コーラス、4小節の間奏があって、A−A’−B−C(16)と2コーラス目になる。MIDIは2コーラス目まで、譜面はイントロを除いた1コーラス分を載せている。

ポイントその1

言うまでもないですかね、最初のブラスのフレーズ。3連4つづつフレーズなので、パッと聞きでは譜割がよく分からない。エンディング間近にもう一度このフレーズが出てきて、そうだったのかと分かる仕組みになっておる。

全部ユニゾンで、ハーモニーはなし。まあ、コードも付けられないフレーズじゃね。

ポイントその2

この曲では全編に渡ってピアノの4つ弾きがサウンドを主導している。厳密には4分音符だけじゃなく、Aではシンコペーションでアクセントを付けている。

ボイシングはシアリングばりのクローズド・ボイシング。特に上の部分ではトップ・ノートの細かい動きがサウンドの幅を広げている。松本伊代ちゃんのラブミー・テンダーと一緒じゃね、って誰も知らない?

ポイントその3

サビ前のアンサンブル。マントラではシンセとボーカルでやっているが、エアプレイのアルバムではブラス・セクションが演奏していた。

フレーズもカッコイイのじゃが、ウラウラと入るアクセントやベースとコードの動きもカッコイイ。コード進行に脈絡がないし、いったいどうやって考え出したんじゃろう。

ポイントその4

サビ。

どうじゃろう。これがサビのメロディ?、て言いたくなるようなフレーズ。サビと言えばサブドミナント系のコードで始めたりして、盛り上がるようにするのが普通。それがこれだもの。決して鼻歌で唄いたくなるメロディーじゃないよね(笑)。コード進行もCmBbmだよ。何なんでしょう。

まあ、そこがこの曲の特徴でもあるわけで、わしが1980年代ポップスの典型と言ったのもここ。つまり美しいメロディー・ラインの曲というのはいつの時代にも存在していて、またいつの時代でも多くの支持を集めるもの。そしてそういう「いい曲」にとってはアレンジなどは飾りに過ぎず、むしろシンプルな方がメロディーの良さを際だたせてくれるかも知れない。

しかし一方でメロディーの枯渇問題はIPアドレスの枯渇問題と同じくらいに深刻なんじゃ。つまり、古代より数多くのメロディが作り出され、限りある「ドレミファソラシド」の順列組み合わせは出尽くしたんじゃないか、もはや新しいメロディー・ラインは存在しないんじゃないか、と思われるほどじゃ。まあ、実際はそんなことはなくて、新しい「いい曲」はどんどん作られているわけじゃが、やはりマンネリ打破のために、いわゆる「いい曲」以外の曲を作ろうとする努力は続けられている。

その努力が一番熱心に行われていたのが1980年代。特に1980年頃はフュージョン系ミュージシャンが多くのスタジオワークに参加し、音楽的にもテクニック的にも高度な、難しめな音楽を生み出していったんじゃ。この曲にもその特徴がよく表れており、例えばトニック・マイナーに11thを使ったり、オルタード・テンションを多用したり、複雑な転調があったりする。反面、リズムは4分音符で刻むピアノを前面に出してシンプルにすることで、バランスを取っている。

なにげに口ずさむような曲ではない、きわめて人工的に作った感の強い曲であるだけに、音楽を「作る」努力の跡が見えて、わしは好きなんじゃ。

最後に

ジェイ・グレイドンをはじめ、スティーリー・ダン、ジノ・バネリらの「音楽制作者」たちの功績は今の時代に着実に受け継がれている。また、日本の歌謡曲のネタにもなった。

というわけで、みなさんもマントラを聞きましょう。わしも久しぶりに聞いて、新鮮じゃった。

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