Chitose Hajime Kimi wo Omohu score
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第1話:元ちとせの「君ヲ想フ」

はじめに

「これまた、のっけからマニアックな曲を選ぶなあ」とお思いの方もおるじゃろう。確かにデビュー曲の「ワダツミの木」の方が有名かもしれないし、大ヒットしたわけでもない。(これからヒットする?)

元ちとせのファースト・アルバム「ハイヌミカゼ」に収録されているこの曲は、わしはアルバムを持っているのじゃが、CDで聴いたときには「いい曲だな」という程度の感想で、それほど印象に残ったわけではなかったんじゃ。

ところがWOWOWで「Fuji Rock Festival '02」に出演してこの曲を歌っていたのを見て、いたく感動してしまった。思わずジ〜ンときてしまった?

そんなわけでさっそく、始めよう(いや、ダジャレじゃなくて)

構成

右の譜面は短く表記するためにリピート記号を多用しているが、構成としてはA−A−B−A−A−B−C−Cじゃ。MIDIの方にはアコーディオンが主導する12小節のイントロも付けてある。Cがいわゆるサビというヤツじゃな。

ポイントその1

さて、この曲の第一のポイントは6/8拍子であること。これが曲全体の「胸キュン」サウンドを作り出すのに大きな役割を演じておる。

6/8拍子は4拍子と違い、前に進むようなリズムではなく、停滞感というか延々と続くようなニュアンスがある。原始的な民族音楽が6/8拍子であるのも同じ理由じゃ。

しかし一方でこの曲を「ポップ」じゃなくしている原因もこの6/8拍子にある。一拍半ずつで4拍子にも感じられることから、どうしてもポリリズム的なビートになってしまう。やはり一般の方々には複雑に感じられることであろう。すくなくとも女子高生がカラオケ・ボックスで歌うのは厳しいかも。

もっとも、わしの若い頃は8分のウラをつっこめる一般人は稀だったし、16ビートなんかにノレる人なんかは皆無じゃったが、今の若者はそれなりに出来ておる。そのうち6/8拍子にノレる女子高生が出てくるかもしれない。

ポリリズムについてもう少し、詳しく説明しよう。6/8拍子とは言うまでもなく、8分音符が6つで1小節ということじゃ。

次に1拍半、つまり8分音符+16分音符を並べてみる。

そうすると1小節を4等分することになる、そしてこれだけを聴くと4拍子のように聞こえる。わかりやすいようにこの二つを続けてみよう。

最初2小節が6/8拍子で、次の2小節を1拍半ずつ、つまり4拍子風に、最後の4小節はその二つを一緒に鳴らしている。

このように同じテンポで流れている中で違うビート、違う拍子が感じられる、もしくは感じさせるようなことを「ポリリズム」と言うんじゃ。もうちょっと音楽的な例で見てみよう。「君ヲ想フ」のサビをポリリズム的に演奏してみよう。

前半4小節は6/8拍子で、後半4小節は4拍子っぽく聞こえるようにしている。ポップスで個々まで露骨なポリリズムはやらんだろうがね。

同じようにこの曲の哀愁さ(?)を演出しているのは、ライオン・メリィ氏が奏でるアコーディオンである。アコーディオンの音色ってどことなくもの悲しいでしょ?

ポイントその2

第二のポイントはBの4段目。トニックであるGmに始まり、ベースの下降ラインにのって、トニックの半音上の7thに至るところじゃ。右の譜面ではコードを簡略して書いてあるが、ベースラインは下の通り。

メロディーは上に上がる一方で、ベースは下がるという、アレンジの王道とも言える技法じゃな。

さらにAb7はドミナントのD7の代理コードになるが、そのサウンドのインパクトはとても「代理」なんて言葉じゃ済ませられないものがある。

しかもここで伴奏陣が音を伸ばし結果的に音が薄くなることによって、「放り出す」ようなサウンドを作っている。わしは「サスティン・ブレイク」なんて呼んでいるこの技法は曲のテンションを上げ下げするのにも有効なんじゃ。

一回目のBの次はAに戻るので、いったん上がったテンションをまた鎮める必要がある。そのためにこの「放り出し」はちょうどいいスペースというか緩衝材になっておる。

一方、二回目のBの次はサビへ進むのでテンションをより上げる必要がある。そこではこの「間」が離陸する飛行機の滑走路の役割を果たしておるんじゃ。ベースも二回目は下のように最後のAb7で8分音符の連打して、「Take-off」の手助けをしている。

ポイントその3

第3のポイントはサビであるCの2段目じゃ。Ebmaj7-Em7-5といくところ。このEm7-5ズージャでGO!第3部第8話」で説明した「魅惑のハーフ・ディミニッシュ」の応用と言えるじゃろう。こんな感じで半音ずつ上がるのはよくあるパターン。

この曲ではEb→Eと半音上がったところであっさりCに下がってしまう。わしであれば意地でも半音ずつ上がって、こんな風にしてしまうかもしれない。

ちょっと最後のAb7に無理があるか? だったらちょっと妥協してこれでいかが?

まあ、このへんは趣味の問題。

アレンジなど

アルバムでのアレンジはイマドキの音楽にしては極めてシンプル。アレンジを担当した間宮 工氏の「かき鳴らし」生ギターをメインにベース、ドラムにアコーディオンという編成。イントロから最後までずーっと鳴っているカリンバ風のシーケンスがあるくらい。

このシーケンスじゃが、わしは面倒なので2小節パターンを単純に繰り返したが、もしかすると多少バリエーションがあるかもしれん。

でもわしが感動した「Fuji Rock Festival '02」ではギター、アコーディオン、パーカッションという、もっとシンプルな編成であった。ベースなしで音楽を聴かせるというのは結構、勇気が要ると思うんじゃが、ん〜ん、なかなかやるものじゃ。

最後に

まあ、最大のポイントと言えるのは、やっぱり元ちとせさんのボーカルであるわけで、この声と節回しを前にしてはいかなる小賢しいテクニックは無用ということじゃな。

というわけで、みなさんも元ちとせさんを聴こう!

元 ちとせ 「ハイヌミカゼ」 Epic Records ESCL 2320

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