2001年 1月 1日更新
タイトル・ロゴ第3部
これは千葉県浦安市に住む島袋 ひろ子(OL 25歳 仮名)が、一念発起しジャズ・ピアノを始め、上達していく物語である。
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第8話 魅惑のハーフディミニッシュ
〜ヘンリー・マンシーニとコール・ポーター〜
ダイアトニック・コードの一つとして説明した「Xm7-5」にまつわる、五反田理論を披露しましょう。
ひろ子: ところで博士、「第3部第1話」で「Xm7-5」について、あとでじっくり説明するとおっしゃっていましたよね。そろそろ、教えていただきたいのですが....
五反田: そうじゃな、もう最終回も近いことだし、このへんで語っておこうかのう。

ところで「マイナー・セブンス・フラッテド・フィフス」のことを「ハーフ・ディミニッシュ」ということもあるのを知っておるかね?

ひろ子: はい、聞いたことがあります。コード表記もディミニッシュになぞらえてと書いたりしますよね。でも、どうしてなんでしょう?
五反田: それはコードの構成音を見ればわかるじゃろう。「Bdim」と「Bm7-5」を見比べてみよう。

ひろ子: 「Bdim」は「シ・レ・ファ・ラb」で「Bm7-5」は「シ・レ・ファ・ラ」で、「ラ」が半音違うだけです。
五反田: まあ、語源はよくわからんが、「ほとんどディミニッシュ」もしくは「ディミニッシュの親戚」みたいなニュアンスで「ハーフ・ディミニッシュ」と言ったのじゃろう。品の悪いミュージッシャンの中には別な呼び方をする輩もおるが...

まあ、それはさておき、この「VIIm7-5」、もっと一般的に「Xm7-5」はちょっと変わったコードで、マイナーの「II-V(ツー・ファイブ)」で使われるという、立派な役割のほかに、あらゆるところに「ちょこちょこ」顔を出すんじゃ。

理論書などではあまり語られることはないが、「Xm7-5」の使いこなし方によって、音楽の個性というか、色香みたいなものが決まるとわしは思うんじゃ。

その代わりといってはなんじゃが、今日、話すことは直接、アドリブに関係するものではない。むしろ作曲や編曲の技法や音楽の奥深さを知るための話であると断っておきたい。

ひろ子: はい、わかりました。それにしても「マイナー・セブンス・フラッテド・フィフス=ハーフ・ディミニッシュ」が「音楽の個性や色香」を決めるってどういうことですか?
五反田: それを説明するには二人の大作曲家、「ヘンリー・マンシーニ」とコール・ポーターの曲を分析してみるとよくわかる。映画「ティファニーで朝食をのテーマ・ソングを知ってるかね?
ひろ子: 「ムーン・リバー」ですね。オードリー・ヘップバーンがギターを弾きながら唄ってました。
五反田: こんな曲だったな。

(説明の都合上キーを変えています)

Xm7-5」は何カ所かに登場するが、ひとつだけこれまで説明してきた理論では説明できない「Xm7-5」があるんじゃ。

ひろ子: 1番目の「Em7-5」は典型的なマイナーのII-V(ツー・ファイブ)です。

2番目の「Bm7-5」も「Am7」に解決するII-V(ツー・ファイブ)と考えられます。ここはII-V(ツー・ファイブ)3連発ですね。

3番目の「Bm7-5」は...あれ? 次に来るはずの「E7」がないです。なんか、ポツンと「Bm7-5」だけがある感じ。

五反田: これが「ヘンリー・マンシーニのハーフ・ディミニッシュ」というやつじゃ。理論的にはルートが「レ・ド・シ・シb」と下降している、みたいな説明も可能だが、それは正確ではない。

もう1曲、ヘンリー・マンシーニの作曲で、有名な「酒とバラの日々(The Days Of Wine & Roses)を聞いてみよう。

ひろ子: 1番目と2番目は同じで普通のマイナーのII-V(ツー・ファイブ)です。

3番目は...キーが同じだからすぐわかります。ムーン・リバーと同じですね?

五反田: そうなんじゃ、今度はルートの下降もないし、うまく説明がつかないじゃろう。

「ムーン・リバー」の「Bm7-5」と「酒バラ」の「Bm7-5」に共通するサウンドというか、フレイバーを感じないかね?

ひろ子: なんとなくですが、曲を解放するというか、空に解き放つみたいなニュアンスがあります。
五反田: ハーフ・ディミニッシュでフェルマータしたくなるじゃろう。一つのクライマックスをハーフ・ディミニッシュで作っておるのじゃ。この「放り出す」感じが「ヘンリー・マンシーニのハーフ・ディミニッシュ」の特徴なんじゃ。

一方、コール・ポーターの「Night & Dayという曲は知っているかね?

ひろ子: はい、こんな曲でしたよね。

キーはEb(変ホ長調)だと思うんですが、唐突に「Am7-5」が出てきました。

五反田: もう1曲、見てみよう。コール・ポーターの「Love For Saleじゃ。

ひろ子: サビに4つのハーフ・ディミニッシュがありますが、3つ目の「Gm7-5」が唐突ですね。
五反田: これが「コール・ポーターのハーフ・ディミニッシュ」じゃ。ヘンリー・マンシーニとは随分、雰囲気が違うじゃろう。
ひろ子: そうですね、少なくともフェルマータは出来ないですね。
五反田: コール・ポーターの場合は「よ〜し、行くぞ!」というか、アクセルをグンと踏み込むような感じがせんか?
ひろ子: 確かにハーフ・ディミニッシュからフレーズが始まるような感じです。
五反田: 抽象的なサウンドの雰囲気だけではなく、明確に両者の違いが判るんじゃ。ヘンリー・マンシーニの場合は4小節に区切った段の3小節目でハーフ・ディミニッシュを使っているじゃろう。それに対し、コール・ポーターは1小節目じゃ。
ヘンリー・マンシーニのハーフ・ディミニッシュ
コール・ポーターのハーフ・ディミニッシュ
ひろ子: 本当!、3小節目に使うからフェルマータしそうな雰囲気になるし、1小節目だからフレーズの始まりのようなニュアンスになるんですね。
五反田: まあ、それほど単純でもないんじゃが。

コール・ポーターの場合はハーフ・ディミニッシュからルートが半音づつ下降するんじゃが、コードのバリエーションはいろいろあるんじゃ。

また、「コール・ポーターのハーフ・ディミニッシュ」はポップスでもよく使われており、よ〜く聞いてみると思わぬところで使われたりする。

ひろ子: 博士!、発見です、発見。ヘンリー・マンシーニにしてもコール・ポーターにしても、出てきたハーフディミニッシュは全部、サブ・ドミナントの半音上です。

「ムーン・リバー」と「酒バラ」はキーがF(ヘ長調)でサブ・ドミナントがBb、その半音上の「Bm7-5」でしたし、「Night & Day」はキーがEb(変ホ長調)でサブ・ドミナントがAb、その半音上の「Am7-5」、「Love For Sale」はサビでキーがDb(変ニ長調)に転調していて、サブ・ドミナントはGb、その半音上で「Gm7-5」です。

五反田: よく気が付いたね。今日説明したハーフ・ディミニッシュは全て「サブ・ドミナントの半音上」なんじゃ。これだけ揃うと「よく使うノン・ダイアトニック・コード」のひとつに入れても良いくらいじゃ。
ひろ子: マイナーのII-V(ツー・ファイブ)のハーフ・ディミニッシュとはまるで違うものなんですかあ?
五反田: 実はそうとも言えない気もするんじゃ。有名な結婚行進曲を知っておるな。

キーをC(ハ長調)に変えているが、冒頭の「F#m7-5」はサブ・ドミナントの半音上じゃな。でも次に「B7」が来ているので「Em7」へのII-V(ツー・ファイブ)になっておる。ヘンリー・マンシーニにしろコール・ポーターにしろ、この「B7」がサブ・ドミナントもしくはサブ・ドミナント・マイナーに置き換わったと考えられなくもない。

ひろ子: そうかあ...それにしてもさっきからメジャー(長調)の曲ばかりでしたが、マイナー(短調)ではこういったハーフ・ディミニッシュはないんですか?
五反田: すまんすまん、忘れておった。マイナーでもあるぞ。ヘンリ・マンシーニの名曲「ひまわりを聞いてみなさい。

ひろ子: なんて美しくてせつない曲なんでしょう! さすがにマイナーの曲なのでいっぱいハーフ・ディミニッシュが出てきますが、「F#m7-5」は「Em」のII(2度和音)ということで、普通です。2番目と8番目の「C#m7-5」、6番目の「Bm7-5」が特殊ですね。
五反田: Bm7-5」はキーがG(ト長調)のIII(3度和音)である「Bm7」のバリエーションと考えてよい。「C#m7-5」が「魅惑のハーフディミニッシュ」じゃ。
ひろ子: これもキーがG(ト長調)だと考えると、サブ・ドミナントのCの半音上のハーフ・ディミニッシュですね。
五反田: そう考えても良いが、特にこの曲の場合、トニック・マイナーである「Em7」からルートが「ミ・レ・ド#」と下降したと考えてもいい。また、「C#m7-5」は「Em6」のルートが「C#」になったとも言えるんじゃ。

ひろ子: このハーフ・ディミニッシュが「せつない」感じを出すんでしょうか?
五反田: わしはそう思うな。メジャー(長調)の曲で「IVm6」が「胸キュン」サウンドを出すのと同じように、マイナー(短調)の曲では「#IVm7-5」が「胸キュン」を演出するわけじゃ。

これを応用した曲を1曲紹介しよう。ジャズ界の「胸キュン派(?)」代表、パット・メセニーくんの「ついておいで(Are You Going With Me? )じゃ。

ひろ子: 今日はいっぱい曲が出てきて、長くなってしまいましたね。ハーフ・ディミニッシュひとつでここまで語る人はなかなか居ませんよ!
五反田: なになに、まだ言い足りないこともあって、コール・ポーターが「All Of Youや「I Love Youで使った、「いきなりハーフ・ディミニッシュ」というのもあったんじゃが。
ひろ子: II-V(ツー・ファイブ)」で始まる曲の「II」がハーフ・ディミニッシュのパターンですね。ほんとうにハーフ・ディミニッシュって奥が深いんですね!
五反田: アドリブの世界はもっと奥が深いんじゃ。さあ、ラスト・スパートじゃ!
次回はイマドキのズージャについて、研究してみましょう。
つづく
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五反田博士のよくわかる解説

ヘンリー・マンシーニ
映画音楽の巨匠。1924年生まれ。「シャレード」、「ピンクパンサー」などの音楽も担当。
コール・ポーター
アメリカ・ショウビジネスの巨人。1891年に生まれ、1964年に73歳で亡くなった。
ティファニーで朝食を
オードリー・ヘップバーン主役、ブレイク・エドワース監督の1961年のアメリカ映画。オードリーが窓辺で主題歌の「ムーン・リバー」をギターで弾くシーンは有名。1961年のアカデミー主題歌賞を獲得した。
酒とバラの日々(the Days Of Wine & Roses)
ジャック・レモン、リー・レーミック主演、ブレーク・エドワーズ監督による、アルコール中毒の若い夫婦の生活を描いた、1962年のアメリカ映画。1962年のアカデミー主題歌賞を獲得している。
Night & Day
コール・ポーターがフレッド・アステアのミュージカル「陽気な離婚」のために書かれ、アステアは映画「コンチネンタル」でジンジャー・ロジャースと再び唄った。また、コール・ポーターの伝記映画のタイトルにもなった。
Love For Sale
コール・ポーターがミュージカル「The New Yorkers」(1930年)のために作曲。歌詞の内容から当時は発売禁止ソングだったらしい。
ひまわり
ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ主演、ヴィットリオ・デ・シーカ監督、1970年のイタリア・アメリカ合作映画。ヘンリー・マンシーニの甘美な音楽がこの上なくせつなくて、美しい。
ついておいで(Are You Going with Me?)
パット・メセニーの1982年発売のアルバム「Off Lamp(邦題:愛のカフェ・オーレ)」に収録、1983年発売のアルバム「Travels」で再演。
All Of You
グレタ・ガルボの1939年の映画「ニノチカ」を元に、1955年に発表されたミュージカル「絹の靴下」で使われた。
I Love You
1944年のミュージカル「メキシカン・ヘイライド」で唄われ、ヒットした。

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